今年4月、御坊市名田町楠井と印南町印南原、津井の境界でその存在が確認された戦国時代の高城山(たかじさん)城を居城とした湊氏の子孫に当たる人物が、楠井で農業を営む湊富士夫さん(59)である可能性が高いことが分かった。地元の高城山保存会メンバーが城の調査をする中で、湊一族の「日の丸扇」の家紋が、湊さんの家に代々伝わる瓦の家紋と一致した。

代々受け継がれてきた日の丸扇の家紋が入った瓦と湊さん

 高城山城の湊上野(こうずけ)は、日高地方で勢力を誇った室町幕府奉公衆、湯川氏重臣四天王の1人。高城山保存会の調査で一族の湊喜兵衛尉(きひょうえのじょう)が描かれた、個人所蔵の武者絵があることを知り、甲冑の肩の部分に5本骨と日の丸が特徴的な扇の家紋が入っているのを確認した。

 湊さんの自宅倉庫では日の丸扇が彫られた1対の飾り瓦とそれを固定する釘数十本を保管。瓦は縦40㌢、横50㌢、厚み9㌢。詳しい鑑定はないが、江戸時代の製作とする専門家の見立てもあり、代々大切に守られてきたとみられる。また、家系図は残っていないが、楠井で湊姓は1軒しかなく、先祖は近くの地蔵寺に用地を提供するほどの大地主で、同寺は湊さんの家に向くよう、西向きに建立されたと伝わっている。

 市教育委員会では「湊さんの先祖が古くから地域で一定の勢力を持っており、さまざまな状況から湊氏の子孫と推察される」。湊さんは「湊氏と関係があることは亡父からも聞かされておらず寝耳に水。ただ、家紋は紀州の殿さまからいただいたと聞きました。保存会メンバーが高城山城跡を大事にして守っていこうと言ってくださることをうれしく思います」と話している。