
1953年(昭和28)の7・18水害で亡くなった犠牲者の冥福を祈ろうと、日高川河口の天田橋で今年も地元住民らによる供養が行われた。
7・18水害では梅雨前線による集中豪雨が発生、山間部では24時間で500㍉以上の雨量を記録。県内の死者・行方不明者は1015人、御坊市でも日高川の堤防が決壊して甚大な被害が発生し、死者・行方不明者は220人に上った。
天田橋での供養は水害当時17歳だった薗の故橋本克彦さんが、発生の翌年から毎年7月18日に行っており、今年で71回目。橋本さんは当時、塩屋から薗へ天田橋を渡って避難しようとしていたが、強い水流で橋が落ち、橋脚にしがみついて一夜を過ごしたという。
6年前に他界した橋本さんと一緒に16年前から供養している近所の会社員西川徹也さん(55)が橋本さんの遺志を継いで供養を続けており、この日は橋本さんの妻由枝さん(86)と長男一彦さん(64)、西川さんの次女愛栞(あいり)ちゃん(10)も参列。薗の常照寺の栁岡正澄前住職が法要、手を合わせ、橋の欄干超しに供養の酒を捧げた。
この日の日高川は前日の大雨で増水し茶色く濁っており、西川さんは「毎年手を合わさせていただいており、今年はこの川の状態に特に身の引き締まる思い。私の祖母も有田川の水害で亡くなっており、これからも供養を続けたい」、由枝さんは「二度とあんな災害が起きないよう祈っています」と話していた。

