現在のメキシコ南部からグアテマラにまたがる地域ではかつて、高度な農耕、建築技術、独自の文字、暦、宗教的特徴を持ったマヤ文明が栄えました。16世紀末に最後の王朝が滅んだともいわれていますが、その終焉はミステリアスで、いまも世界中の研究者がその謎に挑み続けています。この本は、こころの病を治すマヤの伝統医療や宗教儀式等を題材に、これまで50回以上、現地へ渡った医療人類学者・精神科医のフィールドワークの集大成です。

 著者の宮西さんは美浜町和田出身で、日高高校から県立医科大学を卒業して精神科医となりました。医大入学後に読んだ小説でマヤに興味を持ち、西欧の科学技術がもたらすという未来への疑問もあって、1971年、メキシコの密林へ降り立ち、半世紀以上にわたる長い旅が始まりました。

 82年8月には、メキシコのマヤ先住民の村で、世界的に有名な女性呪術師マリア・サビナに出会いました。体験取材で祈りの儀式に参加し、なぜかメキシコの村で中学の同級生の女子と出会う幻覚を体験したあと、サビナが他人の病んだ心を癒やす呪医になるまでの経緯、治療法などについて話を聞きました。

 先進文明国の日本にも多い統合失調症については、地域伝統の呪医が治療にあたっていたマヤの村で計7回の訪問調査を実施。グアテマラでは19歳の女性の患者と出会いましたが、ある日、彼女が新しくできた西欧医学の病院に強制入院させられそうな事態が起きました。宮西さんは村の診療所の看護師から助けを求められ、役場で開かれた会議に専門家として出席し、「彼女にとって、この村の診療所以上にふさわしい治療環境はない」と意見を述べ、彼女は村に残ることができたそうです。

 マヤの統合失調症の患者は、肉親を目の前で殺されたり、自身が暴行されるなどのトラウマから発症した人が多く、幻覚に苦しむ状態は周囲から「呪いの餌食になった」とみなされます。呪医は患者と一緒に幻覚植物を食べ、「隣の人が悪口を言っている」などといった患者の幻覚や妄想を破壊したうえ、異常な言動に対して「それは邪術師による悪い力がそうさせている」という新たな意味づけをすることで、精神の安定を取り戻すそうです。

 幻覚や幻聴を伴う一見、怪しげなマヤの伝統呪術が、便利で快適な文明社会で増え続けている心の病を癒やすという真実。日本人に“気づき”を与えてくれます。(静)