5月、初夏は新緑の季節。この時季の空気や眺めは「爽やか」と表現したくなるが、それは本来は秋に使われるべき言葉。初夏には「すがすがしい」というべきだと知ったのは、比較的近年のことだった◆漢字では「清々しい」と書くが、そうすると「清い」というイメージが強すぎる気がする。さらっとした軽やかな5月の風の感触、目に映る明るい緑を表現するには、平仮名の「すがすがしい」が似つかわしいと勝手に思っている◆緑は好きな色なので、若葉から青葉へと山々が色を濃くしていくこの季節は心楽しい。桜や月のように、新緑を詠んだ詩歌がないかと思ったが、有名なものは江戸時代初期の山口素堂による「目には青葉山ほととぎす初鰹」ぐらい。そのほかには、中学校の国語の授業で習った中村草田男の「万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初むる」。初夏の生命感と子どもの成長への喜びが響き合い、印象的な句だった。緑は力強い自然の息吹を感じさせる色でもある◆昨年11月に他界、今月12日に東京でお別れの会が開かれた詩人の谷川俊太郎は、写真詩集「150本の木」(ちくま文庫)で「名付け得ぬ緑の諧調を 目は喜んでたどる」とうたった。豊かなグラデーションを描く山々の緑には、無数の色相がある。そうはいっても、色彩にも言葉にも敏感な古の日本人は微妙な差異を持つ色の数々をもちゃんと言葉にしており、緑系統の色の和名の数は実に84色。緑はまた、平和のシンボルでもある。暖色と寒色の中間である緑には、心を穏やかにする効果があるという◆春と夏の間、梅雨が訪れる前のほんのひととき。温暖化でますます短くなっているこの美しい季節を存分に楽しんで、夏を乗り切る力を蓄えておきたいものだ。(里)