2022年2月24日。世界史に負の歴史として刻まれる日付である。平和的な秩序を保つべき国際社会が、その歩みを大きく後退させた日だった◆ロシア軍がウクライナに侵攻してから、3年が経とうとしている。その日の報道の衝撃は忘れない。美しい首都キーウの公園でいつものように犬を散歩させる人が、突然の軍事攻撃に信じられないものを見たように立ち尽くしていた。信じられないような攻撃は、今も持続されている◆1980年代末~90年代初頭、東欧諸国の民主化、ソ連の消滅を経て、世界は変わったはずだった。強者が力にまかせて欲求を通そうとする、野蛮な国家間の闘争は、少なくとも表向きには終わったはずだった。歴史の逆回転への憤りを込めて、状態が何らかの好転の兆しを見せるまで、本欄には何をテーマにする時でも必ずウクライナに関する言葉を織り込ませようと思っていた。それは世界の民主主義の危機なのだから、誰にとっても無関係ではない、と。しかし状況の好転がみられることはなく、大国の理不尽な攻撃を誰も止めることができないまま今に至っている◆米国新大統領の停戦に向けての提案を報じる番組で、ゼレンスキー首相の「ウクライナの領土をロシアのものだとは、一生認められない」という意味の言葉が紹介された。停戦の実現を期する時、それは現実離れした言葉と捉えられるかもしれない。しかし両国の長い歴史を調べれば調べるほど、その言葉に込められた思いの正当性は腑に落ちる◆種々の駆け引きを必要とする現実的な視点とは異なる根本的な次元で、事態のそもそもの原因がどこにあるのか、それを見通す目は忘れてはならない。何年が経過しようとも。(里)


