略奪愛をテーマにした五人の女性作家の短編集である。
 中でもわたしが惹かれたのは窪美澄による「朧月夜のスーベニア」だ。

 主人公は孫に馬鹿にされて暮らす認知症の老婆である。若い頃の恋愛を思い出語りにするのならどこにでもある恋愛譚だろう。しかし窪美澄はそんなふうには描かない。

 老婆が独身の頃、許嫁(いいなずけ)がいた。しかし彼は戦争に出征してしまう。敗色濃厚の日本、たぶん生きては帰ってこないだろう。そんな時、ある医学生と恋に落ちてしまう。しかも激しい恋に。

 医学生は言う。「俺は戦地に行った男たちの代わりに女を抱くのだ」、と。
 戦争が終わり、許嫁は生きて帰って来た。老婆に何があったのか知らない許嫁と、老婆は親に薦められるまま結婚してしまう。そして今、認知症の老婆となったのだ。

 あるときプロの作家が筆者のボクに言った。

 「プロはね、どんな物語なのか、そんなことに興味はないんだ。その物語がどういうふうに書かれているか、そこだけを見ている」。
 それ以来、ボクは小説がどう書かれているか注意して読むようになった。
 この短編集では窪美澄氏がよかった。それは、彼女の文体が素晴らしいと思ったからだ。多くの人に窪美澄の文体を知って欲しい。
 花房観音の「それからのこと」は、令和の『東京ラブストーリー』に違いない。
 全体を通して、それぞれの女性作家は、自分はこんな恋愛をしてみたいと、それを書いたようボクには思える。これが自分の理想の恋愛なんだと。     (秀)