.jpg)
急に寒さの厳しくなった12月。温かい食べ物が恋しくなる季節。今月のテーマは「鍋」とします。
「次郎物語 第二部」(下村湖人著、岩波文庫)
近代の九州を舞台に、家族の愛に恵まれず育った少年次郎の成長を描く物語。第二部は親類の家で育った次郎が中学入学に当たり、家族のもとに本格的に戻る14歳前後の多感な時期。
すき焼きで歓迎してもらう場面を紹介します。
* * *
明るい茶の間の電燈の下で、父と兄との間にはさまれて、鋤焼鍋を囲んだ時の次郎の気持には、何とも言えない温かさがあった。鉢に盛られた肉や、葱や、焼豆腐の色彩、景気のいい七輪の火熱、脂のはじける音、立ちのぼる湯気の感触とその匂い――彼は、彼の味覚を満足させる前に、すでに彼の五官のすべてを鋤焼というものに集中さして、恍惚となっていた。
彼にとっては、こうした食事の経験は、本田の家ではむろんのこと、正木の家でも、これまでに全くなかったことなのである。