小学1年生の時、NHKの人形劇「新八犬伝」を毎日見ていた。人形は有名な辻村ジュサブロー氏の手によるもの、などということは大人になってから知ったが、凛々しい信乃、大柄で人のいい小文吾、美少年毛野など犬士たちが画面で生き生きと動き、表情すら動いて見える気がした◆20代の頃、原作の「南総里見八犬伝」が読みたいと探したが絶版。大阪・京都・神戸の書店を巡り、全10巻を1冊ずつ探し求めた。関連本も山のように買い、中でも山田風太郎の「八犬傳」は素晴らしかった。「虚の世界」として戦国期の安房を舞台とした八犬士の出会いと戦い、「実の世界」として作者曲亭馬琴の苦難の生涯とそれを見守る友人葛飾北斎の物語が交互に描かれる◆この複雑な物語を、「ピンポン」等で知られる曽利文彦監督が2時間半の大作映画に仕上げた。思い入れがある分期待は大きく、不安も同じくらい大きかったが、期待は裏切られなかった。特に「虚」と「実」が神々しいまでに美しく冥合(みょうごう)する、原作にないラストは圧巻。熱いもののこみ上げる決着であった◆原作でも核となる場面が中盤にある。馬琴と当代一の人気作家鶴屋南北の対話である。善人が辛い目に遭う過酷な現実をそのまま描く南北、虚構とは知りながら正義が必ず勝つ勧善懲悪の物語を構築する馬琴。原作では対話のあと、馬琴は何の罪もないのに非業に命を落とした家族や友人を思い「だから私は、正義の物語を書くのだ」と心中で叫ぶ◆28年の歳月を費やし、最後は失明しながらも見事に長大な物語を完成させた、その偉業を昭和の作家が物語に結晶させ、それを令和の世に映像作家が伝える。思いが時代を超えて受け継がれる、それもまた一つの物語である。(里)