約1万5000年前から5000年前まで1万年も続き、狩猟、採集が主だった縄文時代の日本列島。まだ水田耕作が行われていなかったため、人々の間に貧富の差はなく、土地を奪い合う争いもない平和な時代だった。
先日、日高川町佐井地区の大芝遺跡で発掘の現地説明会があり、縄文時代後期(約4400年前)の土器や13棟の竪穴住居跡が見つかったことが報告された。当時の日高川流域の中核的集落だった可能性があるという。
土器は肉や魚の煮炊き、水や木の実の貯蔵に使われた。名前の通り、縄目模様が特徴で、時代や地域によって形、大きさはさまざま。用途はおおよそ推測できるが、多様な造形の意味はよく分からない。
新潟県長岡市の信濃川流域で多く見つかる火焔型土器は、上部にニワトリのトサカのような突起、器の縁に燃え盛る炎のようなギザギザがあり、のちの時代の密教の不動明王を想起させる。
太陽の塔で知られる芸術家、故岡本太郎氏はこのエネルギッシュな火焔型土器に触れたとき、「身体中が引っかき回されるような気がした。快感が血管の中を駆けめぐり、力がわき起こった」という。
縄文時代はまだ言語も文字もなかったが、さまざまな土器や土偶はよく見れば時代に通底する世界観があり、太郎氏はその一見、不可解な造形に、日本文化の源流を鋭く感じとったのだろう。
子どものころ、太陽の塔を見て、「ウルトラマンみたい」と興奮した。恥ずかしながら、それはそのまま、つい最近までどこか気持ちの悪い印象だったが、太郎氏と縄文土器の邂逅を知り、有名な筒形土偶とじつによく似ていることに気づき、目から鱗が落ちた気がした。(静)


