「天災は忘れた頃にやってくる」の言葉を残したとして知られる、明治から昭和初期にかけて活躍した物理学者のユニークなエッセイ集をご紹介します。夏目漱石の門下生で、「吾輩は猫である」に登場する理学士水島寒月君のモデルとしても有名です。
内容 物理学者であると同時に随筆家であり、また俳人でもある著者。本書には俳句誌「渋柿」に連載したものなど、176編の短文を収録している。警句めいたものではなく、独自の境地から見た世界への感懐を淡々と綴り、読む者に俗世から遊離した心地を味わわせる。 中には発生から間もない関東大震災について述べた文もあり、東京帝国大学地震研究所所員だった著者は、「震災や火災や風水害に関する科学的常識とこれに対する平生の心得といったようなものを小学校の教科書に入れるということは、日本のような国では実に必要なことである」「これがどういうわけだかいっこうに実行されていない」と指摘。「小学生を教える前にまず文部省を教育しなければならないのだとも言われるかもしれない」と痛烈に述べる。
関東大震災後の調査に当たり、日本の防災の基礎を築くのに尽力した著者らしい記述は非常に興味深いのですが、私は一方で、教訓も風刺もない、気まぐれに書き散らしたようなとぼけた味わいの短文が気に入っています。たとえば「嵐の夜明け、飛ぶ瓦や木の葉を見ていると不意になんともいえないおかしみがこみ上げてきて、げらげらと声をあげて笑う。天と地が自分と一緒に笑ったような気がした」といった一編など。詩人の魂を持った科学者の、日常の不思議を味わう短文集です。 (里)