デトロイトで溶接工として働いていたフレッドは不況を受け会社を解雇された。それを機に妻のジェシカは行ってみたい所があるので一緒に行ってくれないかと頼んできた。そこはデトロイト美術館にあるセザンヌの肖像画の前であった(表紙絵)。「画家の夫人」と題された肖像画はそれ以来フレッドのお気に入りの作品となった。しかし解雇されて半年後に妻は亡くなってしまう。この絵の前に立つとフレッドはいつも妻の言葉を思い出す。

 ―すみれ色の模様があるベージュのカーテンを背景にして座る彼女。(中略)かすかに体を傾けて、いまにも立ち上がりそうに見えるー
 ここにはセザンヌ以外にも、古代エジプトから現代美術まで六万五千点以上が収められていた。フレッドにとってこれらすべての芸術が友達であった。

 そんなある日、新聞に驚愕する記事が載った。
 ―デトロイト市財政破綻。DIA(Detroit Institute of Arts)のコレクション売却へ―
 フレッドはすぐにDIAを訪れた。そしてセザンヌの絵の前でDIAの館長と対面したのである。(本文より)
 ―「奥様とご一緒に、いつもここへ来ていただいていたそうですね」
 館長の言葉に、フレッドは頷いた。
「そうです。残念ながら、妻は私よりさきに天国へ逝ってしまいましたが(中略)妻はパートタイムの収入で家計を支えながら、いつも笑顔を絶やさなかった。そして、友達に会いに行きましょう、とことあるごとにDIAへ誘ってくれた」
「DIAに友達がいたのですか?」
「ええ、いますとも。ほら、こんなにたくさん」
 そうしてフレッドはズボンのポケットから、五百ドル紙幣を取り出すと、それを館長に渡したのである。それがフレッドに出来る精一杯の存続活動であった。―
 このことに感銘を受けた館長は全米にDIAへ寄付を呼び掛けた。

 DIAのコレクションはアメリカ国民全員のものだという意見が大半を占め、デトロイト市財政は破綻したが、DIAを存続させるための予算は八億一千ドル必要であった。ところが、一年で寄付は九億七千万ドル以上集まった。こうしてDIAは存続したのである。
 芸術の秋である。
 そうだ、美術館へ行こう。(秀)