秋といえば真っ先に思いつくのが「食欲の秋」。そんな季節におすすめしたい1冊が小川糸さんの「あつあつを召し上がれ」です。この本は料理をテーマにした7つの作品が収録された短編集です。祖母との思い出のかき氷、亡き母の想いが詰まったお味噌汁、長年付き合った恋人とのお別れ旅行で食べる松茸料理など、大切な人との食事の思い出を温かく、ときには切なく描かれています。なかでも私が気に入っているお話が「親父のぶたばら飯」。主人公が恋人に「中華街で一番汚い」という店に連れられてやってきて、恋人のおまかせで頼んだ料理を食べながら話が進んでいくのですが、出てくる料理の描写がどれも垂涎もの。「あらびき肉に濃厚な肉汁がぎゅっと詰まって、口の中で爆竹のように炸裂するしゅうまい」、「霧のように白濁したスープに、細切りのハムや野菜などが七夕の短冊のように入り混じったふかひれのスープ」、「レンゲでスーッと切れるほど柔らかく煮込まれ、肉の繊維一本一本にまで味が染みわたっている豚バラとあつあつの葛あんがのったぶたばら飯」など、読んでいるだけでお腹が空いてくるほど魅力的な料理描写です。魅力的なのは料理の描写だけでなく、人とともにする食事の大切さや、文面からにじむ人の心の温かさに癒されます。食事は、大切な思い出と結びついているということ、家族や友人など大切な人と食事をする時間を大事にしたいと思わせてくれるお話です。題名になっている「あつあつ」というより、心が「ぽかぽか」とするお話、ぜひ一度ご賞味ください。 (彩)