17日夜の月は「中秋の名月」。春に「花(桜)」を詠んだ名句・名歌を紹介したことがあったが、今回は「月」の名句・名歌を見てみたい◆百人一首で月を詠んだものは11首。桜は6首だから2倍近い。やはり、より「あはれ」を誘う題材なのだろうか。阿倍仲麻呂が大陸から望郷を込めて詠んだ「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」は、国語の授業で習った時、とうとう日本へは帰れなかったときいて子供心にとても可哀想に思ったので印象に残っている。「めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」は紫式部の歌。切ない恋の歌のようだが、実は同性の幼なじみとの慌ただしい再会を残念に思った歌だという◆「春の海ひねもすのたりのたりかな」で知られる江戸時代の俳人与謝蕪村。「御手討の夫婦なりしを衣更」「鳥羽殿へ五六騎急ぐ野分哉」などドラマ性の高い句が多く、「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」など近代俳句のようなロマンチックな作品もある。彼が詠んだ中秋の名月の句の一つで面白いのは、「盗人の首領歌よむけふの月」。「けふの月」は旧暦八月十五夜の月を表す季語。盗人の首領といわれるといかつく無骨な風貌の男を思い浮かべるが、そんな人物も思わず詩心を誘われるほど、中秋の名月は美しい◆明治生まれで昭和まで活躍した俳人、加藤楸邨。「寒雷やびりりびりりと真夜の玻璃」は筆者の好きな俳句の一つ。日中戦争の最中の昭和14年(1939年)の作に、「蟇(ひきがえる)誰かものいへ声限り」がある。彼が名月を詠んだ俳句がとても心に残ったので最後に紹介したい。満月にそれぞれの願いをかける人たちへ思いを馳せているような句である。「月の前しばしば望よみがへる」。(里)