100年前に作られた東薗組の祭具箱を確認する県文化財保護審議会委員の吉川さん

 御坊市薗で、いまから100年前の大正時代に地元の大工が作ったとみられる御坊祭の祭具箱2個が保管されていたのが見つかり、7日、市と県の関係者が現物を確認した。東薗組が高価な祭りの衣装などを入れるのに使ったとみられ、1953年(昭和28)の7・18水害で薗周辺の多くの物が流出する中、人の手で大切に守られて再び日の目を見ることとなった。

 祭具箱は昔の薗会場で保管されていたとみられ、薗会場が取り壊された50年以上前に、現在の区の倉庫に運び込まれ、その後使われることなく眠っていたが、庫内を整理した際に出てきた。

 2個とも縦横64㌢で、一つは高さ18㌢、もう一つは高さ25㌢、スギ製とみられる。箱の側面に「大正拾参年十月」と書かれ、一つの箱の裏面には製作者とみられる地元大工の北岡政吉の名前や、製作年月日とみられる大正拾三年十月五日の文字もある。1枚のふたがついており、製作者の名前がある箱の側面には「中」という文字もあることから、3段重ねの道具箱だったと推察。もう一つの箱はどこにあるのか不明。乗り子の衣装や屋台の土呂幕などを保管するために使っていたとみられ、7・18水害の際には貴重なものであるため持ち出して避難したのか、流出被害に遭うことなく現存している。

 現在、祭具箱は薗会館に持ち込まれており、市教委や県文化遺産課、県文化財保護審議会委員の吉川壽洋さん(美浜町吉原)が確認。東薗組が御坊祭に参加するようになったのが1917年(大正6年)で、その後しばらくして作られた祭具箱であり、当時の歴史を伝える貴重な資料だとした。東薗組行司の外川竜次さんは「大切に守られてきた祭具箱を修繕してもう一度使うか、またはどこかで展示できれば」と話していた。