
理系作家、伊与原新による珠玉の短編集をご紹介します。科学的知識をモチーフとした6編と掌編1編を収録。
物語 天王寺でかまぼこ屋を営む笹野家では、なぜか代々次男が家業を継ぐことになる。創業者のじいちゃんが次男、2代目のおとんも次男。まだ継いではいないが、自分が継げば3代続けて次男が店主になる。ある日、京大出の環境学者である兄貴が父の兄「哲おっちゃん」に喫茶店で二、三十万円の現金を渡していたと聞きつける。哲おっちゃんはプロのギタリストだったが、63歳の今は「プータロー」。僕はおっちゃんがあるものを港に大量に捨てるのを目撃したことがあった。それは安いサイダーの空き瓶。ある夜、兄貴とともに哲おっちゃんと夜の港で会う。兄貴は「ハイエイタス」という言葉を口にし、それは中断、空白期間を意味するのだという…。(「天王寺ハイエイタス」)
人生に絶望した中年男性(「月まで三キロ」)、家を離れ北海道にやってきた不登校の子ども(「アンモナイトの探し方」)、かまぼこ屋の跡継ぎの若者(「天王寺ハイエイタス」)、離婚して一人娘を育てる定食屋(「エイリアンの食堂」)、家族のイベントをすっぽかし一眼レフを手に山に入った中年女性(「山を刻む」)と主人公の境遇は実に多彩ですが、それらの物語の中心に科学的知識、すなわち宇宙と地球の摂理がある。特筆すべきは、それが主人公たちの心の中で「希望」を生む核として機能していること。その知識は読者を不思議なロマンに誘い、登場人物の願いを象徴する結晶のように、行く手へ向かって美しい光を放ちます。(里)