多くの作品が映像化されている森沢明夫の近著、一冊の本を巡り人々がつながる物語をご紹介します。文庫化されたばかり。

 物語 東西文芸社の編集者、津山奈緒は仕事に行き詰っていた。以前に感動した本の著者涼元マサミの本を出したいが、前の担当者ともめて以来会社は仕事を依頼していない。「口説き落とせたら本を出す」と社長に言われたのに、まったく涼元の心を開けない。どころか、怒らせることばかりしている…。(「編集者 津山奈緒」)

 デビュー作は評価が高かったのに、以後は鳴かず飛ばず、筆一本では生活もままならない作家、涼元マサミ。別れた妻からは、再婚することになったので一人娘の真衣を会いによこすのをやめたいという残酷な申し出がある。その直前に真衣から「学校で同級生から無視されている」ときいたばかりの涼元は、心配でいても立ってもいられない。そんな中、若い編集者からしつこく執筆の依頼。とてもそんな気になれない涼元だったが、あることから「たった一人のため」に死ぬ気で一本の小説を書こうと決意する…。(「作家 涼元マサミ」)

 正直こういうタイトルのつけ方は、いかにも感動を誘おうとするかのように思えてあまり好きではないのですが、実際読むと、嫌味のない自然な文章が読みやすく、素直に物語の世界に入っていけました。表紙絵は、作中作である涼元マサミの最高傑作「さよならドグマ」とリンク。全5章の要素が読み進むに連れてつながっていくという、連作短編集でありながら一編の長編でもある物語の醍醐味も味わえ、爽やかな感動作といっていいかと思います。(里)