
6月のテーマは「雨」。長らくヨーロッパで暮らした村上春樹がギリシャの雨を描写した一冊をご紹介します。
「雨天炎天」(村上春樹著、新潮文庫)
日本を離れて執筆と旅行の日々を送っていた村上夫妻の、ギリシャとトルコの辺境紀行。小説とは違うとぼけた書きぶりで、異国で雨にたたられた思い出をつづります。
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フィロセウに向けて一時間近く歩いたところで、雨がざあざあと降りはじめた。ズボンも靴も靴下も、なにもかもがぐしょぐしょになってしまうようなひどい雨だった。山も海も、カーテンをかさねたみたいな雨にすっかり隠れてしまった。何も見えない。見えるのは雨と水たまりだけだ。体がだんだん冷えてくる。(略)僕らはここで湿りきったキャラバンシューズを脱ぎ、ズボンと靴下を新しいものに換えて、それから昼飯がわりにクラッカーとチーズを食べた。殆ど無言でもそもそと食べた。(略)雨に打たれただけで人はなんと気弱になるのだろうと、僕はふと思った。