
国連の関連機関として、すべての人の利益となる移住の促進を主導する国際移住機関(IOM)は、移民を「本人の法的地位や移動の自発性、理由、滞在期間にかかわらず、本来の居住地を離れて国境を越えるか、一国内を移動する人」と定義する。ほとんどは仕事や結婚、勉学など自発的に移住した人だが、不法に他国へ入国し、在留資格のないまま留まっている人、または在留資格を失ったあとも留まっている人は「不法移民」とされ、移民に関して起こる社会的問題のうち、好ましくないケースが「移民問題」として扱われる。
現在、国際社会では移民の受け入れ、不法移民の対策が問題となっており、欧州や米国で大きな政治課題として議論されている。米国では大統領選を控え、仕事と生活の安定を求めて急増しているメキシコからの不法移民対策が争点となっている。返り咲きを目指す共和党のトランプ前大統領は1期目の任期中、看板政策としてメキシコからの麻薬の密輸、不法入国を遮断する物理的な壁の建設を進め、トランプ氏の再選を僅差で阻んだ民主党のバイデン氏は壁の建設を中止した。このバイデン氏の対応は移民に寛容という受け止めがメキシコ側で広がり、昨年9月までの1年間に過去最多247万人もの不法入国者が摘発された。10月には移民抑制を望む世論に押され、バイデン氏は一部の壁の建設再開を承認したが、今年2月にはトランプ氏の意向を受けた共和党議員の反対により、壁建設の国境警備強化法案は否決。法案はウクライナやイスラエルへの軍事支援の予算追加などとセットとなっていたが、こうした大統領選に向けた双方の思惑から移民問題は完全に政争の具となり、米国連邦議会はウクライナを支援するEU諸国からの非難の高まりを受け、4月23日になってようやく追加支援を承認した。
欧州では2015年から16年にかけて、中東やアフリカから紛争、内戦を逃れ、規定の手続きを経ず海や国境を越えてやってくる難民、いわゆる「ボートピープル」と呼ばれる不法移民が急増した。EU加盟国に庇護申請した難民は2年連続で100万人を突破し、17年以降はコロナによる渡航制限もあって落ち着きを取り戻したものの、昨年は再び100万人以上が押し寄せた。
ロシアのウクライナ侵攻以降、各国ともエネルギー価格の高騰、治安の悪化や社会保障の低下、失業者の増加を心配する国民の不満が高まり、移民・難民の受け入れに過激な政策を打ち出す急進右派政党が躍進している。オランダは米国のトランプ氏と同様、移民流入阻止の強硬策を訴え、反EU、反エリート、自国ファーストで支持を集めた極右の自由党が第一党となり、EUのルールに縛られない英国は小型ボートで英仏海峡を渡ってくる不法入国者をアフリカ東部のルワンダに強制移送するための法案を可決した。英国の言い分は、大量の不法入国者の対応による財政の逼迫(ひっぱく)。スナク首相は内外の難民支援団体などから激しい非難を浴びつつも、ルワンダへの資金援助と引き換えに不法入国者を移送するとし、ルワンダ政府が移送された人たちをそれぞれの出身国へ送還しないという協定を結び、人権に関しても問題はないと鼻息も荒い。しかし、7月4日の総選挙では首相率いる保守党の苦戦が伝えられ、政権交代となれば移送を実施する前に、計画が白紙に戻る可能性も出ている。
ウクライナとの戦争が長期化しているロシアは昨年11月、全長1340㌔もの国境を接する隣国フィンランドに対し、移民や亡命希望者を送り込み、国内を混乱させることを目的とした「ハイブリッド攻撃」を展開した。難民・不法入国移民の増加は対策を誤れば社会、経済、政治の不安定化につながる。国際社会では難民が安全保障上の脅威となっている。