今回、新たにかわべテニス公園から西へ続く丘に和佐城(仮称)とみられる土塁などが見つかった(写真は若野大橋から東向きに撮影)

 日高川町和佐地内、かわべテニス公園第2駐車場西側の山林に、南北朝時代に築城されたとみられる山城「和佐城(仮称)」が新たに見つかったことが関係者の話で分かった。近くには手取城址と山崎城址がある。和歌山城郭調査研究会によると、室町時代に地域を支配していた玉置氏の城ではないかとみられている。

 昨年11月、みなべ町の考古学研究家川崎雅史さんが、インターネットに掲載されていた山崎城址の位置が誤っていることに気づいたことがきっかけで、和歌山城郭調査研究会のメンバーらと一緒に現地で調査。その結果、これまで城跡が確認されていなかった場所に、堤防のように盛った土塁や敵からの侵入を防ぐために掘った堀切などが見つかり、山城であることを確認した。

 標高は約40㍍で、城の規模は東西に150㍍、南北に約50㍍。テニス公園第2駐車場から西方向へ続いている丘に築城され、北側にある栗屋谷池を挟んだ向かいに川上氏が城主だった山崎城址がある。近くには室町時代中期ごろに築城された玉置氏が城主だった手取城もある。

 城郭調査研究会の野田理副代表は、「鎌倉末期ごろに、それまで地域を支配していた川上氏に替わって玉置氏が勢力を持つようになった。あくまでも想像だが、和佐城はほとんど使われた痕跡がなく、玉置氏が川上氏から勢力を奪ったことを知らしめるために築城した象徴的な城ではないか」と話している。

 和佐城址の大部分は私有地となっているため、無断で入ることはできない。