文豪夏目漱石の孫にして、3年前に他界した作家半藤一利氏の妻である半藤末利子さんの近著をご紹介します。半藤氏が亡くなった3カ月後に刊行され、今年3月に文庫化されたばかりです。

 内容 「漱石山房記念館」「一族の周辺」「硝子戸のうちそと」
まちと仲間と」「人みな逝く者」「年を取るということ」「夫を送る」の7章で構成。

 漱石が最期までの9年間を過ごし、弟子たちが集まった「漱石山房」が新宿区の主導で復元、記念館が建立されることになったり、夫の半藤一利が菊池寛賞を受賞することになったりと、80代になっても著者は何かと忙しい。が、菊池寛は著者の父である作家松岡譲を排斥した人物。「私は『親の敵ー』と叫んで仇討ちをせねばならぬ身である」。助っ人になるべき亭主が尻尾を振って賞をもらう気か、と著者は怒り、一時半藤家は内紛状態に…。

 タイトルの「硝子戸のうちそと」は、漱石晩年の随筆集である「硝子戸の中(うち)」を踏まえてつけられています。私は学生時代にゼミで1年間漱石と取り組んだこともあり、読めば読むほど味わい深いこの文豪の著作は現代にこそもっと読まれるべきと思っています。また、半藤氏の著作はまだ2冊しか読んではいないのですが、昭和史を学ぶには欠かせない重要なものであり、これからどんどん読んでいきたいと志しているところ。本書はその2人の作家と深い縁のある著者によるもの。やはり2人の周辺のことに紙数が多く費やされています。半藤氏の大酒飲みぶりを「大バカヤローのコンコンチキ」とののしりながらも、そこには愛情が満ちているのが感じられ、氏の最期に臨む場面では離別の切なさが胸に迫ります。漱石、半藤氏に関心のある人には特にお勧めですが、著者自身の才気あふれる観察眼、小気味のいい語り口もとても魅力的です。(里)