地方新聞の記者を経て創作を始め、54歳で文壇デビューを果たした著者。いまから約6年半前、66歳で亡くなるまでわずか12年ほどの作家人生でしたが、いまも新刊が出版されています。本作は中国の漢の時代から幕末まで、動乱の世を生きた義に篤く不器用な弱者たちの生きざまがよみがえります。

 6編のうち、「鬼火」は新撰組の沖田総司と芹沢鴨の出会いと友情、哀しい別れを描いた物語。剣の達人ながら体が弱く、いつも能面のような笑みをたたえる沖田と、酒癖が悪く粗野な芹沢は一見、正反対のようで妙に気が合い、強い友情で結ばれる。しかし、芹沢は少しずつ隊の法度を犯すようになり、会津から芹沢を粛清せよとの命が下る。ある夜、芹沢が酒に酔って女と寝たところを沖田が襲いかかる。芹沢にすがりつく女を突こうとしたその瞬間、芹沢のまさかの行動で勝負は決する。兄のように慕ってきた芹沢が息絶え、沖田は少年のころから失っていた感情が初めてこみ上げる――。

 まるでその場にいるかのような圧倒的な臨場感。芹沢暗殺の真相は分かりませんが、著者独特の弱者の目線で修羅場に士道の輝き、優しさがあふれます。

 「魔王の星」は、天正5年(1577)、信長の壮大な安土城が完成したころ、空に巨大な尾を引く彗星が現れた。信長は石山本願寺と対立、越後の上杉氏、中国の毛利氏とも敵対し、京の人々はこの不気味な彗星が信長滅亡の凶兆ではないかとうわさした。

 そんな話を気にする家臣の忠三郎を信長は笑いとばし、キリスト教の修道士が献上した地球儀を見ながら、星の動きが人の心をざわつかせるのはなぜか、それを宣教師たちに聞いてこいと命じる。忠三郎はキリシタンの摂津高槻城主高山飛彈守友照の息子右近とともに京へ行き、わが命よりも大切に人を思う心「アモール」を知る。武士道とアモール、人の心を惑わす星の下、非道な戦の中で二つの心は通じ合うのか。(静)