正月三が日が過ぎた。新しい年の幕開けを告げ、本来なら心躍る特別な時期と言えるが、今年に限って言えば、筆者はほとんど正月らしさを感じずに過ごした。取材を兼ねて参拝した初詣と年々少なくなる年賀状が届いたぐらい。食事も少しだけ贅沢な料理がテーブルに並んだが、おせち料理も口にしなかった。年々正月の雰囲気が希薄になっているような気がする。

 世間をみても正月の風習が変化している。昔はどの家もしめ縄を飾ったが、最近は取り付けている家庭がめっきりと減った。数十年前は車にまでしめ縄を取り付けていたが、今はそういう車を全く見かけなくなった。ほかにも空き地で子どもたちがたこ揚げしたり、友だちと一緒にコマ回しをしたりする風景もほとんどなくなった。

  年賀状ははがきからメールやラインとなりつつあり、おせち料理も定番の数の子、黒豆、エビなどのほか、中華や洋風のレシピを加えて販売されていることもある。お年玉も将来は電子マネーに変化するかもしれないし、初詣もインターネット上の神社に参拝するような時代が来るかもしれない。正月の風習だけに限らず、伝統の文化は時代とともに変化しながら受け継がれているといえる。

 しかし、年初めに正月の風習の1つでもある家族がそろって団らんのひとときを過ごすということは昔も今も大きな違いはない。遠く離れている場合は帰省することが困難となるが、家族間で新しい年の出発を共にすることで新鮮な気持ちになる大切なひととき。その絆は未来へと継承すべきだ。これこそが正月文化の根源といえるのかもしれない。(雄)