ビブリオバトル御坊大会でチャンプ本となった一冊をご紹介します。 物語 「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」――そんな一言で、その2人の数年にわたるSNSのやりとりは開始された。男から女へ。しかし最初は女の返信はなく、それが始まったのはしばらくあと。しかし2人は実は、最初の1件の28年前には婚約者同士だったのだ。出会ったのは、ある大学の演劇部。ぽつぽつと続けられるやりとりで、次第に過去のさまざまな出来事、2人の関係性の変化が読む者の前に現れてくる。二転、三転と、2人を巡る事態の様相は変容していく…。

 170㌻、一気読みできる長さですが、その短い紙数の中で2人の関係に関するストーリーはどんどん変わっていきます。

 2017年、著者から新潮社に送られてきた原稿。出版は決まったものの帯に使うキャッチコピーをつけるのが難しく、ネットで全文を無料公開してキャッチコピーを募るという異例中の異例ともいえる措置がとられました。

 この出版社の対応からみてもネタバレせず面白さを紹介するのは非常に難しいと思われるのですが、御坊大会の紹介者は話すべき情報、隠すべき情報を実にうまく分けてオーディエンスの興味をそそっていました。

 特筆すべきは、全文が無料公開されたにもかかわらず本自体も売れに売れたこと。発売後1カ月半で4万部突破。その後、20万部発行となったそうです。戦略と内容次第で、紙の本にも可能性があると証明してくれた貴重な事例かもしれません。

 一つには、SNSでのやりとりのディテールなど具体的で現実感があり、若い世代の読者がスッと物語世界の中に入っていけることが大きい。内容も含めて「今」という時代を如実に反映した一作と思われ、そういう意味ではこの機会に手に取ってよかったと思いました。(里)