日高平野をバックに関係者が石碑前で除幕式

 御坊市藤田町吉田にあった八幡山城(吉田城)を広く知ってもらおうと、地元有志が城跡の公園化に向けた整備を進めている。南北朝時代に旧矢田荘吉田村の領主となっていた吉田蔵人源頼秀が築いた城。現地では樹木を伐採しており、17日には城の説明を記した石碑を除幕。今後は芝生や桜の植栽、遊歩道などを整備し、来年3月の全体完成を目指している。 

 八幡山城は八幡山(標高75㍍)に1346年(興国7)に築城。城主の頼秀は政所として、土生城主の逸見氏や日高川筋の山崎城主川上氏と姻戚関係を結んでこの地を治めていた。また、三男吉田金毘羅丸源頼貞や逸見氏らとともに道成寺に釣り鐘を寄進し、屋根修復世話人を務めるなど大檀那(おおだんな)となっていた。

 そんな歴史を後世に伝えようと、頼秀の子孫である地元ヨシダエルシス会長の吉田擴さん(80)はじめ、きょうだいの敏展さん(76)、豊さん(74)、上道君子さん(84)が約900万円の私費を投じて整備を計画。林弘一さん(松樹園代表)、京保信一さん(吉田八幡神社総代長)、向井孝行さん(市観光協会副会長)、阪本康敬さん(元吉田区長)も入って整備委員会を立ち上げ、昨年10月から樹木の伐採や石碑の建立を進めてきた。既設の遊歩道に加えて、別ルートの遊歩道(延長300㍍)も整備、山頂への階段も設置する。城跡の文化財調査も並行して行われている。

 山頂の面積は約200坪あり、樹木の伐採で日高平野が一望できる絶景ポイントに。石碑の除幕式には関係者14人が出席。吉田さんは「八幡山の整備は父・八五郎の夢でもあった。多くの人のご協力で完成の見通しがつき、城主も喜んでいることと思う。子どもから大人まで皆さんに末永く親しまれる公園になれば」と話した。

 近くには道成寺やハス池公園、宮子姫の里があり、観光客誘致の相乗効果に期待。市では公園を熊野古道のウオーキングコースに組み入れるよう県に働きかけている。