
前作「朱色の化身」から1年半ぶりとなる最新刊。今回は2件の未成年者誘拐事件が同時に起きるシーンから始まり、犯人を追う刑事と新聞記者、写実画家の視点を通して、幼い被害者を救い守ろうとする人たちの人生の謎に迫ります。
物語 平成3年に発生した誘拐事件から30年が過ぎた。当時事件担当だった駆け出しの新聞記者門田は、旧知の刑事の死をきっかけに、誘拐事件でさらわれた子どもの「今」を知る。発生時点から異様な展開をたどり、誰もが予想できない結末で未解決のまま時効を迎えた事件の真実を求め、再取材を重ねるなかで、1人の天才的な写実画家の存在が浮かび上がる…。
著者は44歳の元新聞記者、けっこう年下ですが、ぎりぎり同世代ということもあって、今回も昭和の出来事、流行など、まるで自分の記憶のようなエピソードがいくつも出てきます。たとえば、小学生のころに大流行したガンダムのプラモデル、リズム連想ゲームのマジカル・バナナ、ジョージ・ウィンストンのピアノ曲など。とくにガンプラは人と人をつなぎ、大切な人の記憶を呼び覚ます存在として登場します。
中盤からは主人公の門田が事件の謎を追うなか、絵画の世界に生きる画家、作品を売る画廊の経営者らの生きざまが丹念に描かれます。とくに、人物や風景などをありのままに、写真以上のリアルさでその存在を追求する写実画という絵画が重要なテーマ。門田はかつて世話になった刑事から投げかけられた「なんでブンヤ(新聞記者)やってるの?」というひとことが胸に引っかかったまま定年近くになり、その刑事の訃報と心を揺さぶる本物の写実画との邂逅を経て、記者としての自分の存在をさがすために未解決事件の再取材に乗り出します。
近松門左衛門は嘘と実、虚構と事実の微妙な間にこそ人を魅了する芸術の真実があるといいましたが、本作では対象のありのままの姿、キャンバスの中の一つひとつを等価値に見る写実画家と、見過ごされた事実を地道に検証するなかで真実の鍵を見つける記者を重ね合わせます。
一つの街で2件の誘拐事件が同時に発生するという発想、情報を求めて殺気立つ記者と現場の警察官の緊張、被害者家族のドラマはなかなかにスリリング。しかし、著者が「リアルな犯罪者は実はしょうもない。だから実行犯はあんまり追わなかった」というように、犯人たちが犯行に及ぶプロセスは深く描かれていません。その分、実際の著名な人物への取材が基となっているであろう芸術家の世界に渦巻く嫉妬と欲望、闘争心は凄まじく、それとは対極的に自分が求める絵を描きたいと願う画家の純粋さ、弱く小さな存在を守ろうとする家族の愛が際立ちます。
SNSやVR、フェイクニュースなど虚構に埋もれて実が見えにくい時代。犯罪と芸術から人の存在を問う力作です。(静)