今年3月に生誕170周年を迎えた不遇の天才画家、フィンセント・ファン・ゴッホ。アート小説の第一人者と呼ばれる元キュレーターの作家が、彼の足跡をたどりながらフランス全土を旅したユニークなガイド本をご紹介します。

 内容 幼い頃から絵が大好きだったのに、ゴッホだけはあまりにも表現が激しく「怖い絵」だと思っていた著者。しかし日本に憧れ続けた画家の内面に関心をもつようになり、小説「たゆたえども沈まず」を書き上げる。

 37歳で自ら命を断ったゴッホ。生前に売れた絵はたった一枚。激しく豊かな感情、誇り高く繊細な感性の持ち主であるゴッホは、唯一の理解者である弟テオの支援を受け、困難な生を懸命に生きてゆく。周囲の人々とぶつかりながら。

「狂気の人」というレッテルが貼られがちなゴッホだが、本当にそうだったのか? あまり知らない頃はそうだと思っていたが、作品はなぐり描きなどではなく緻密に計算して描かれ、「ひまわり」なども画面に対してバランスよく描かれている。知れば知るほど、「狂気と情熱」がこれまでクローズアップされすぎていたことに気づく。小説では、「狂気の人」のイメージを覆して描かなければ…。

 何年か前、和歌山県立近代美術館でゴッホの「雪原で薪を運ぶ人々」を見ました。事前に図録で見た印象とは異なり、夕日の赤が目にしみるように強く感じられ、また絵の具の分厚い盛り上がりを目の当たりにして、画家の気迫を感じました。絵は、写真などで見ても本当に見たことにはならないと分からせてくれた経験でした。その時の印象があり、「たゆたえども沈まず」を読んでいないのに本書を手に取ってしまいました。それでも十分面白く発見があり、ゴッホファンなら読むべきと思います。著者が本書の執筆のためにフランスを訪れたのは2020年春で、新型コロナのためロックダウンを経験。そのことが書かれたあとがきも興味深いです。(里)