近年「多様性」という言葉が顕著にいわれるようになりました。この言葉が普遍的になったおかげで、堂々と〝自分らしさ〟が出せるようになったのではないでしょうか。一方で、その〝自分らしさ〟が受け入れられず、葛藤する人がいるのも事実。この本はそんな「多様性」という言葉にも括られなかった人たちを描いた長編小説です。

 物語は、寝具店勤務の桐野夏月、正義感の強い検事・寺井啓喜、学祭でのミスコン開催に疑問を抱く大学生・神戸八重子の3人の視点で続いていきます。 

 夏月には人に秘密にしている欲求を持っています。それは水道の水や噴水が勢いよく水しぶきを上げる様子に興奮するというもので、「水を噴出させたい」という欲求でした。ある日、その秘密を共有できる同級生の佐々木佳道とふとしたきっかけで再会します。

 啓喜は人として歩むべき道を外れた人間を嫌う性格。息子が不登校になってしまい、学校に戻って欲しいと願うも、息子は友達と動画投稿をするようになり、「自分のやりたいようにできるなら」とも思うが葛藤します。

 学祭実行委員の八重子は、男性から見られることに恐怖心を抱いていました。学祭ではミスコンの代わりに多様性を重視する「ダイバーシティフェス」を開くよう提案します。

 この3人の物語が、令和が始まる2019年5月1日に向けて動き出します。そして一つの事件を機につながることになります。でも、そのつながりは多様性を尊重する時代ではとても不都合なものでした。

 「多様性」という言葉はとても便利だなと思います。その言葉を受け入れなければならないという圧迫した風潮すら感じる今、それにとらわれず正しいこと・悪いことは何か、しっかり区別する判断も必要かとこの本を読んで感じました。読後はきっとモヤっとさせられるでしょう。ある意味、多様性について一石を投じる作品になっています。(鞘)