今月7日、生誕100周年を迎えた作家「司馬遼太郎」を8月のテーマとします。ここでは有名な長編でなく、短編やコラムをご紹介します。

 「けろりの道頓」(司馬遼太郎著、講談社文庫「最後の伊賀者」所収)

 本書の表題作は、NHK大河ドラマ「どうする家康」を毎週見ている人には興味深い内容で、服部半蔵が一族の者に大層慕われたことなどが書かれています。

 「けろりの道頓」の主人公、安井道頓は名前から分かる通り道頓堀を堀った人物。名が有名な割に本人の記録は少ないのですが、小男で巨大な頭に小さな目鼻、いつもにこにこ笑っていて大層な人望があるという不思議な人物の姿を、著者は生き生きとよみがえらせます。

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 ときどき、自分もその群れにまじって土を掘ってみた。(略)

「よいしょ」と、掛け声をかけた。道頓が鍬をおろすたびに、まわりの人夫たちは歓声をあげて、「よいしょ」と和した。道頓は、人夫のだれかれなく人気があった。道頓の大きな顔が工事場にあらわれると、休息中の人夫があつまってきて、体に手を触れにくる者さえあった。道頓は、ただにこにこと笑っていた。その笑顔が、人夫たちにいわせると、そのままへたりこんでしまいたいほどの魅力があった。