先日の大雨は日高地方でも住宅の浸水被害が多く、12年前の紀伊半島大水害、高齢の方では70年前の7・18水害の記憶がよみがえった人もおられるのでは。あらためて線状降水帯の怖さを知った。


 2日後の日曜、水が引いた田んぼでは農家の人が田植えの準備に追われていた。休憩時に道に腰を下ろし、何やら楽しそうに笑っている。大雨の恐怖の直後だったせいか、その何気ない光景がいつもとは違って見えた。


 雨が続けば川があふれ、大きな地震のあとには津波がくる。どれほど国土強靭化に予算をつぎ込んでも、自然の力には太刀打ちできない。昔は雨不足や冷夏が飢饉につながり、疫病がまん延し、人々の暮らしは地獄の苦しさだったという。


 約800年前の鎌倉時代は大規模災害が頻発し、異常気象による凶作も重なった。農民の作物は小役人に取り上げられ、餓死、病死する人が後を絶たず、人々は何よりも飢饉を恐れた。


 そんな末法の世に生まれた男の子が9歳で出家し、比叡山で苦行に励むも悟りを得られず、山を下りて法然上人と出会い、浄土門の念仏者の道を歩み始めた。のちの親鸞聖人、浄土真宗の宗祖である。


 現代の日本人には想像もつかない飢饉、戦乱の時代にあって、親鸞は一心に阿弥陀仏の救いを信じ、念仏を唱えれば誰もが浄土に導かれると説き、弾圧を受け、命を狙われながらも人々に寄り添い続けた。


 今年は親鸞聖人が生まれて850年。日本は地震や水害が相次ぎ、隣国から核の脅威を突きつけられている。通夜や法事でよく耳にする正信念仏偈には、疫病や災害、戦争が続く悪い時代に生きる人(五濁悪時群生海)は、阿弥陀仏の(すべての人を救う)本願を信じるべしと記されている。(静)

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