御坊市で澤瀉(おもだか)屋の歌舞伎公演が行われた1999年から、歌舞伎ファンになった。当時の演目は「伽羅(めいぼく)先代萩」。三代目市川猿之助(現二代目猿翁)さんが主役の細川勝元、弟の四代目市川段四郎さんが敵役の仁木弾正を演じた◆2人とも、ボリュームのある堂々とした体躯。三代目猿之助さんはスケールの大きな演技で、高く明るい声音、強いオーラを放ちながら裁きを行う。対する段四郎さんはただの悪侍ではなく、妖術使い。最初に登場する「床下」の場面では台詞はない。忍者特有の網目模様の鎖かたびらを身に着け、手は印を結び、巻物をくわえて現れる。一言も声を発しないのに、強烈な存在感である。最後に成敗されると、仰向けの体が皆の手で一気に高く差し上げられる。大きな体が一瞬でかるがると宙に浮かび上がったようで、場内の観客は一瞬息をのんだ◆スーパー歌舞伎「新・三国志」では重要な役どころ、魏の国の曹操を演じた。また、安達ケ原の鬼婆伝説を題材にした古典歌舞伎「黒塚」では、老婆の正体を知ってあわてふためく強力(ごうりき)の太郎吾を演じ、この時はコミカルな演技で温かみを感じさせてくれた◆澤瀉屋は、家格にこだわらず若い役者を広く積極的に登用する家である。その中にあって、重鎮としてどっしりとした存在感で舞台を引き締め、また温かく品格のある演技でほっとさせてくれていた◆長い歴史を持つ歌舞伎の家々は、それぞれに異なる太陽系宇宙のようなもの。個々に独自の物語を紡いできた。そして役者は一人一人が唯一無二の輝きを放つ、星のような存在である◆四代目市川段四郎という大きな星の輝きを実際に目の当たりにできた幸福をかみしめ、今はただ、ご冥福をお祈りしたい。(里)


