ステージ上に、舞台を隠すように掲げられた一枚の幕。舞台奥から光が照射され、どよめくような喝采と音楽の高まりの中、腕を組んで立つ一人の人物のシルエットが浮かび上がる。今から27年前の1986年、京都会館。坂本龍一コンサートのオープニングだ◆中学、高校とYMOの音楽に接して来て、「散開」後にソロとなった坂本さんの生演奏に、10代の最後で初めて接した。音からも演奏するたたずまいからも、理屈抜きのカッコよさを感じるステージだった◆2月の深夜、テレビ朝日系「関ジャム」で坂本龍一特集を見た。坂本さんがミュージシャンらのさまざまな質問に、1万5000字を費やして答えていた。創作について、音楽について、気分転換について。質問は多岐にわたった。番組を見ながら感じたのは、一つ一つの質問への答えがとても丁寧で誠実だったこと。自分が本当に思っていることを、相手に本当に伝えるにはどんな言葉を使えばいいか、真摯に考えて実行しているという印象を受けた。この時の印象がまだ強く残っていた時に訃報をきいたので、胸を衝かれる思いがした◆幾つもの番組で追悼特集が組まれた。「日本という国は、いつからこんなに言いたいことが言えなくなってしまったんだろう。みんな、言いたいことを言えばいいのに」との言葉が心に残る。活動は音楽にとどまらず、社会的な問題について積極的に発言し、また行動していた。昨年の2月24日以降、「寝ても覚めてもウクライナのことを心配している」との心情をラジオで吐露していた。「こんな理不尽なことが許されていいはずがない」と◆音楽のために、世界のために、言いたいことは何でも言い、できることは何でもやった。坂本さんの本当のカッコよさはそこにあったのだろう。 (里)

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