「戦後最大のミステリー」と称される東京府中市で起きた現金輸送車強奪事件、いわゆる「三億円事件」の謎に迫る犯罪小説。著者は元週刊誌記者で実際の事件を題材としたノンフィクション、犯罪小説で知られる永瀬隼介です。発表からすでに20年が経過していますが、NHKで三億円事件の特集番組をたまたま見たのをきっかけに読んでみました。

 あらすじ 玉川上水でラーメン屋の店主・葛木が扼殺体で発見された。捜査陣に名乗りを上げたのは、定年まであと2カ月を残すのみとなった警視庁捜査一課の滝口政利。そして相棒に選ばれたのは、所轄署で身を持てあましている巡査部長片桐慎次郎だった。滝口は、このありふれた殺人事件に迷宮入りした34年前の“大事件”との接点を見いだし、独自の捜査を始める。一方、34年前の事件当時の葛木の仲間で、その後、実業家として成功した吉岡、ヤクザとなった金子、横浜でクラブ経営をする恭子らが密かに再会していた…。

 三億円事件はいまから55年前の1968年(昭和43)12月10日、冷たい雨の降る朝に発生しました。犯行の詳しい手口は省きますが、現場に乗り捨てられたニセの白バイと発煙筒、近くの神社で見つかった現金輸送車、乗り換えて逃走に使ったカローラなど多くの遺留品があったことから、事件発生当初は「犯人はすぐに捕まる」とみられていましたが、それらはどれも盗品や大量生産品で捜査は難航。さらに、ある種、時代の象徴ともなった犯人のモンタージュ写真が逆に捜査現場を混乱させ、結局、犯人を捕まえられないまま75年12月10日、事件は時効を迎えました。

 凶器を使わず、誰も傷つけることなく大金を奪い去り、さらに奪われた現金には銀行が保険をかけていたため、被害者なき犯罪ともいわれたこの事件。その手口の鮮やかさ、警察が笑い者になる劇場型犯罪として、犯人をヒーロー視する風潮もありましたが、本作は単独犯ではなく複数による犯行説をとり、主人公の刑事2人が仲間の警察組織と対立しながら謎に迫ります。

 同じ未解決事件を題材としたフィクションでは、帝銀事件に迫る松本清張の「小説帝銀事件」、グリコ・森永事件を題材とした塩田武士の「罪の声」などがあり、いずれも独自の取材と緻密なプロットをもって小説という形態で事件の真相に迫りますが、本作はフィクションとはいえ、登場人物のキャラ、セリフ、そのハードボイルド感がきつすぎ、リアリティを損ねてしまっている気もします。

 終戦から23年が経過し、高度成長の好景気の中で若者たちが学生運動に燃えていたあのころ。私はその時代の空気を知りませんが、被害額こそ大きいものの、血生臭さはいっさいなかった三億円事件は、犯罪が社会を映すと考えれば、その実態は意外にスーダラ節なのかもしれません。(静)