
あす3月11日で、東日本大震災発生から12年。仙台市出身・在住の作家が震災後の日々を真摯に描いた小説をご紹介します。1月に第168回芥川賞を受賞しました。
物語 宮城県南部の亘理町で暮らす40歳の植木職人坂井祐治。あの災厄の2年後、妻の晴海はよちよち歩きの息子の啓太を残してインフルエンザで亡くなった。6年後に再婚した知加子は、祐治の子を流産したことがきっかけで出ていった。
今は小学校高学年になった啓太と共に母の和子と3人で暮らし、ひたすら日々の仕事に励む。通常の造園業だけでなく、駐車場のライン引きもゴミの運搬も草刈りも、頼まれれば何でもやる。母親を2度失った啓太は口数がめっきり少なくなったが、祐治は仕事を見つけるのに必死で、手をかけてやる気持ちの余裕がない。どう接していいか分からぬまま啓太の様子に心を痛めるが、同時に啓太の存在によって癒やされてもいる。日々を送りながら、晴海の記憶、知加子の記憶、失ったものたちの記憶が幾度もフラッシュバックしてくる。仕事終わりで巨大な防潮堤の上に立つと、海が膨張した日の光景がよみがえる。10年経っても同じところをぐるぐる回っているようだ、と感じている。
他地方で働いていた幼なじみの明夫が帰ってきた。学生時代、晴海を好きだった男だ。自分を避けているのを感じながらも、苦境にいるらしい明夫が気にかかって仕方がない。ある夜、祐治は密漁の現場を目撃。そこには明夫の姿があった…。
本作の著者インタビューには「病気で亡くなった親友の人生を全力で肯定するつもりで」書いた、とあります。全編から伝わるのはずっしりした生の重みです。
インフラが復旧し、街は復興していても、人々の心は震災前には戻れない。個々の当時の記憶は家族など近い人でも、むしろ近いほど掘り起こせない。「小説でしかできない方法で、どうにかしてこぼれた感情を拾いたい」と著者インタビューにはあり、不器用だけれども誠実に日々を生きる主人公は、著者の姿勢を体現しているようでもあります。静かな気迫が一文一文にみなぎり、非常に丁寧な描写をじっくり追うと、筋立ての面白さを追うのとは異質の感覚で、家族を守るため見えない障害物と孤独に戦う男の物語に引き込まれます。眼前には海に面した亘理町の風景が広がり、胸中には祐治の抱える閉塞感と息子への愛情が広がるようです。
終盤、祐治が汽水湖「鳥の海」のほとりで見る、数十年を一瞬で駆け抜けるような美しい幻影は圧巻。その後、彼の身体にはある変化が訪れます。それまでの心の重荷が具現化したようでもあります。家族の反応に私はある「救い」を見、不思議に明るい読後感を得られました。一つ一つの物事に誠実に向き合う以外に進む道はない、という、人間の普遍的なあるべき姿を見た思いでした。(里)


