
最近は時代小説なども書いているベテランノンフィクションライター沢木耕太郎の初期作品集をご紹介します。8編のルポルタージュを収録。発表は1970年代ですが、半世紀を経てもなお色あせないテーマが並んでいます。
内容 中国地方のある町に、一人の小柄な老女がやってきた。身ぎれいでいい着物を身に着け、どことなく貫禄がある。彼女は94歳の滝本キヨと名乗り、「銀座の一等地で煙草屋をやっていたが、その土地を売ったら億の金が手に入った。天涯孤独で家族もないから、せいぜい日本中を回って遊ぶんだ」という。
彼女は町に腰を据えて暮らすようになり、交流を持った町の人々は「お金はあっても孤独な人なのだ」とちょっとした用事を足してあげたり、「満期が下りるまで手持ちがない。ちょっと貸してくれ」との頼みを心よくきいてあげたり、親切にしてあげるようになった。ところが、少しずつ用立てたお金は誰のところへも戻らないまま、1年、2年と月日が過ぎていく。3年間にわたって町じゅうをだまし、億万長者を演じきった天才老女詐欺師の末路とは…。(「鏡の調書」)
テレビで中国地方のある町が紹介され、どこかで聞いたと思ったらこの「鏡の調書」に登場する町でした。著者の作品を集中的に読み始めた頃に読んだのですが、陽の当たることのない社会の裏を描いたルポが多い中、「鏡の調書」の一編は天才詐欺師・片岡つるえのキャラクターが強烈で、鮮やかな印象が残っていました。著者は新聞からこの事件を知って取材を試みます。被害額は3年間で600万円、それも複数の人数の合計額。一人一人が莫大な財産をだまし取られたわけではないと思い、「してやられた」と町の人々が笑っているイメージで出かけたのですが、その中にあった「悲惨」が次第に浮き彫りになります。
小説などのコンゲームとは違い、現実世界の人々が被害に遭う犯罪はやはり憎むべきものであるとあらためて認識する作品集でした。(里)


