「検察側の罪人」「望み」など当事者の内面にまで踏み込むミステリーを得意とする著者の、昨年直木賞候補となった長編サスペンスをご紹介します。

 物語 大正時代から続く陶磁器の名店「土岐屋吉平」。店主の久野貞彦と暁美夫婦は、一人息子の康平が店の仕事に力を入れ始めたことを喜んでいた。幼い孫の那由太もすくすく成長。いい品を扱うので店にはファンも多く、将来には何の不安も感じられない。美しく物静かな嫁の想代子(そよこ)は子育てに専念して店を手伝おうとはしないが、それはだんだん改善されるだろう。

 だがそんな穏やかな日々は、康平が凶刃に倒れ帰らぬ人となったことで一変。想代子の以前の交際相手の男に、マンション前で刺されたのだ。悲しみに沈む一家だったが、仕事も生活も続けなければならない。少しずつ立ち直ろうとするが、暁美の姉の東子は、康平の葬儀での想代子の様子が忘れられない。ハンカチを目に当ててはいたが、どうも涙が出ていたようには思えないのだ。

 そして裁判が行われ、結審の日。被疑者の隈本は「懲役17年」の判決を受け、ひとこと言わせてくれ、と言ってから叫ぶ。「その女に頼まれたんだ」と。その発言に一番大きく心を波立たせたのは暁美だった…。

 著者の作品でこれまでに読んだのはデビュー作の「栄光一途」、映画化された「望み」(木村拓哉、二宮和也出演の「検察側の罪人」は映画を観ただけで原作は読んでいませんが)。その2作に比べるとミステリー的な要素は少なく、心理的な内面のドラマを追うサスペンス調の一作。嫁と姑の心理ドラマといってしまえば単純なようですが、嫁側の心理は一切描写されません。50代の姑の揺れ動く疑心暗鬼の心がビビッドに描かれます。決して意地悪ではない、普通の女性であることが無理なく描かれ、それだけに想代子への疑念が説得力をもって迫ってきます。ボリュームがあり、作品内で流れる時間も長いので、読み応えは十分です(ただ、直木賞候補として読み応えを求めるなら、私は「望み」の方に軍配を上げるかもしれません)。 

 「開運! なんでも鑑定団」(テレビ東京系)ファンとしては、岐阜県を舞台に織部や志野焼などの美濃焼がそれはそれは丁寧に、目の前で見ているかのように感じられるほど細やかに描写されるところが良かったです。「黄瀬戸は油揚げのような、艶があるようでない、マットな肌感が好まれる」、名品の紅志野の花瓶について「花に勝負を挑むかのような存在感がある」など、使われる表現が凝っていて、読んでいると自然とその世界に引き込まれる描写力はさすがです。そういう、本筋とは直接関連がないように思われる細部をどこまで丁寧に描くかで、完成度は決まると思います。力作でした。(里)