
平成元年、バブルの頃が舞台の長編小説。内容をほとんど覚えていなくて、ちょっとだけ読むつもりが上下巻全部読み通してしまいました。
物語 離婚した母に手離され、父の兄に引き取られて育った手塚夏彦とかおりの兄妹。伯父に厳しく育てられたかおりは「モス・クラブ」という上流階級の女性ばかりが会員となっている全国組織の会長職を、伯父の死後に引き継ぐこととなった。それまでにも伯父の秘書的な役を果たしていたが、25歳の女性の身には荷が重い。一方、「裕福な年配女性のヒモになって暮らす」と広言していた兄の夏彦はモス・クラブの副会長の座から退き、言葉通りに12歳年上の元会員の女性の愛人として、アジア各国を一緒に旅するなど、一見気ままな暮らしを続けている。
この兄妹の運命は、国際弁護士の戸倉と出会ったことでそれぞれに変わり始める。兄妹はそれぞれ一人で、山陰線の海岸を走る列車に乗って母がいると聞かされた海辺の町の無人駅に降り立つ時間を持っていた。そこに立つかおりを見た戸倉は妻子ある身ながら強く心惹かれ、また、夏彦は気ままなようだが「人間としての品がある」と見抜き、壮大な仕事のパートナーに選ぶのだった…。
バブル崩壊直前の頃はドラマ等の影響か不倫がファッション的に語られるような風潮があり、そのことへの著者の苦々しい思いがあちこちに散見されます。不倫が発覚した著名人が激しいバッシングを受ける昨今の風潮とは隔世の感があります。個人的には、そんなことは極めて個人的な領分の話であり、100組あれば100通りの事情があって世間がもてはやすものでも弾劾するものでもないと思いますが、本書はよく読むと不倫に関する問題を提起するよりも、更に深い視点で人間の運命の変転の不思議さをうたい上げており、手ごたえのある小説でした。携帯電話が普及していない時代の恋愛模様には、時間感覚も今とは違う味わい深さがあります。(里)


