東野圭吾の「ガリレオ」と並ぶ人気シリーズ「加賀恭一郎もの」の最新作。今年7月に文庫化されました。

 物語 幸せに暮らしていた4人家族、汐見行伸と怜子夫婦、娘の絵麻と息子の尚人。夫婦は、新潟の祖父母の家へ2人の子どもたちを旅行に行かせたが、中越地震が発生し、2人はビルの倒壊に巻き込まれて帰らぬ人となってしまった。悲しみに暮れる夫婦だったが、「これから先も生きていくために」と3人目の子どもを授かるべく努力する決意をする。やがて娘に恵まれ、萌奈と名付けて掌中の珠のように大事に育てる2人。

 一方、自由が丘にあるカフェ「弥生茶屋」で、女性店主の花塚弥生が何者かに刺殺される事件が起こった。捜査を進めても、被害者については「あんないい人はいない」という声しか上がらず、動機などの手がかりはまったくつかめない。 

 また一方、事件を担当する刑事の松宮脩平は金沢在住の未知の女性から「会いたい」と連絡をもらう。東京で会ってみると、老舗旅館の女将を務める彼女から聞かされたのは自分の出生の秘密。彼女と松宮は異母姉弟で、死んだと思っていた実の父親は健在だが病に伏しており、会えるチャンスはわずかしかないという。
 この何の関連性もないような3件が、少しずつ少しずつつながり始め、やがては一つの物語を織り出していく。本来は悲しい結末を迎えるべきではなかった、幾つもの絆の物語を…。

 今回、主に捜査に当たるのは加賀ではなく、従弟の松宮脩平。これまでに明かされてこなかった彼自身の出自について、重要な事実が明るみになります。前作「祈りの幕が降りる時」で、謎の存在だった加賀の母親について明かされたのと好一対を成しているようです。

 距離的にも遠い地点に幾つかの謎の種が植えられ、それが育ちながら、離れているように見えていた細い枝と枝をからませていく。やがて、真実が明かされると、実は根っこの部分でつながっていたことが分かってくる。

 そういうダイナミックな構造が、さりげなくちりばめられていた手がかりに沿って全貌を表していく、いわゆる伏線回収の過程を味わうのが東野作品の醍醐味。そして、そういう構成重視のミステリとは一線を画し、人物の内面を深く掘り下げながら普遍的なテーマに迫るのも東野作品の一つの特徴です。

 この「加賀恭一郎シリーズ」では、主人公である加賀の家族との関係を軸に、特にそのような作品が多く見受けられます。今回は、加賀恭一郎のよき理解者である脩平が主人公。元エンジニアの明晰な目で的確に状況を描写しながら、内面の描写にも筆を惜しまない。キャラクターの背景や性格の描き方が丁寧で、爽やかな感動を呼ぶ読後感となっています。(里)