今月1日、元プロレスラーのアントニオ猪木さんが難病のため79歳で他界されました。

 報道特集などで、入場行進曲の「イノキ、ボンバイエ」がかつて異種格闘技で戦ったボクサー、モハメッド・アリから友情の印に贈られたものだったと紹介されるのを見るうち、アリが奇跡的な復活を遂げ、現地ファンから「アーリ! ボンバイエ(やっちまえ)!」と熱狂的な声援を受けたザイール(現コンゴ民主共和国)での試合のことが書かれているこの本を思い出しました。アリスの名曲「チャンピオン」のモデルでもあるボクサー、カシアス内藤が30歳を目前に再起を目指すノンフィクションです。関連する部分だけ読むつもりが、話に引き込まれて最初から読み直してしまいました。

 物語 ノンフィクションライターの「私」は、ボクサーのカシアス内藤がカムバックするという噂を聞く。モハメッド・アリの本名カシアス・クレイにちなんだリングネームで、5年前に取材して「クレイになれなかった男」と題する文を書いたが、その後、彼は逮捕されるなどしてリングから遠ざかっていた。30歳の「私」とほぼ同年配、無理だろうと思いながらも連絡を取って再会。同棲相手のけなげな女性とつつましい生活を送りながら、本気で再起にかけて練習に励む姿を目の当たりにし、「いけるかもしれない」と思う。

 名トレーナーのエディ・タウンゼント、カメラマンの内藤利朗とともに、チームの一員になったように試合に同行してはマッチメイキング等に奔走する「私」。内藤には素晴らしい目と足、フットワークの軽さがあるが、心根の優しさゆえか、相手をとことんまで叩きのめすことができない。再起を期してからも、スパーリングなどにそうした相手を思いやってしまう部分が表れ、エディに「ジュン、リングに立ったら相手を殺す気持ちよ」と叱られたりする。紆余曲折を経ながら、彼らは懸命に夢の実現へと走っていくが…。

 1980年から81年にかけて、朝日新聞に連載。中学生だった私は毎日読みながらも、タイトルから「きっとアンハッピーエンドだろう」と思っていました。激しい雨のシーンで最終回を迎え、もっと明るい話ならよかったのになどと思ったのですが、大人になって読み返してみて、印象のあまりの違いに驚嘆。新聞発表時とは違い最後に1章が加えられているのですが、そのせいだけではなく、中学生時には分からなかったことも分かって、読後感が一変しました。

 簡潔にして的確な言葉で、鮮やかに織り出される物語。「燃える闘魂」とは対極にあるような優しすぎるボクサーの物語ですが、そこには静かな熱量があります。ボクシングに何の知識もなくても、夢を追う男たちの苦闘に引き込まれていきます。誰の胸にもある、追い求めるべき「夏」への思いを呼び起される名著です。(里)