現実の事件をベースとしたシリアスな社会派ミステリやユーモアに満ちたコメディ、心温まるヒューマンドラマなど、幅広い作風で楽しませてくれる奥田英朗。本作は大藪春彦賞、直木賞を受賞し、映画にもなった精神科医伊良部一郎シリーズの第3巻で、主人公のハチャメチャな医師伊良部が赴任先の小島で島を二分する町長選挙に巻き込まれます。

 あらすじ 都下の離れ小島に赴任することになったマザコンで破天荒な精神科医伊良部。1人ではさみしいと、セクシー看護師マユミちゃんも一緒に連れていく。ところが島は住民を二分して、現職派と元職派が激しく対立する町長選挙の真っ最中。老人ホーム建設も検討している東京の大病院の跡取りである伊良部は、施設建設を公約にすれば勝利間違いなしと考える双方の陣営から、あの手この手で公選法違反の接待、贈賄攻撃を受ける。そのあまりの激しさにさすがの伊良部も圧倒され、まさかのひきこもり状態に陥る。

 もうすぐ和歌山県知事選挙が始まりますが、どこの町長でも議員でも選挙となれば、本人とその家族、親戚、利害ある業界・団体関係者は色めき立ちます。敵か味方か、票を得るためには現ナマ攻撃も辞さず…というのはドラマだけでなく、現実にも全国的に事件となっています。本作はその過熱ぶりが常軌を逸しているわけですが、私自身、死んだ父から大昔の選挙戦の凄まじさをよく聞かされていましたので、その話と小説が重なる部分もいくつかあったりして、あくまでフィクションと笑いながらも、どこか背中に冷たいものを感じました。

 父によると、ある候補者の地盤は小さな集落、出入りする道は少ない。選挙期間中、そこには夜になると関所のような火が焚かれ、若手が交代しながら外から入ってくる人を監視し、票を奪いに来た敵を見つけるや、追いかけ回したとか。この熱量がまさかの展開で昇華される本作、お見事です。(静)