今年は沖縄の本土復帰から50周年。本作は、秀吉の朝鮮出兵により侵略の風が吹き荒れる日本と朝鮮、琉球の3つの国を舞台に、侵略する者とされる者の矜持を、それぞれの国の男の視点から描く歴史小説です。

 あらすじ 戦を厭いながらも戦のなかでしか生きられない倭国島津家の重臣樺山久高、被差別民の生まれながら儒学を修めたいと願う朝鮮国の青年明鐘。「守礼之邦」琉球を愛し、「誠を尽くす」ことを信条に任務につく密偵真市。なぜ人は争うことをやめられないのか、人と獣を分かつものとは、王とは一体なんなのか。島津軍と大友軍の攻防に始まり、秀吉の朝鮮出兵を経て島津の琉球侵攻に至る侵略の嵐のなか、男たちは自らの答えを求めて生き続ける。

 物語の終盤、島津家が徳川の許しを得て、琉球を攻める動きをみせます。多勢に無勢の琉球は、まともに戦って勝てる見込みはありませんが、高官の謝名親方は島津に対して強硬な態度をとり、「ここはなんとしても戦を回避すべき」という真市や明鐘の進言を受け入れません。「国が滅びてもよいとお考えなのですか」と問われた謝名親方は、戦のあとの国を考えているといいます。それは、戦って敗れても島津は琉球を併呑せず、大明(中国)との交易のための傀儡とする。しかし、島津は戦の責任をとらせるために、誰かの首をとるはず。国が立ち直るには人がいる。(殺される)馬鹿は俺一人でよい。士民が国を忘れず、厭わぬ限り、琉球は滅びることはない――ということです。

 このくだり、昭和20年8月、2発目の原爆が長崎に落とされたあと、米国との戦争を終わらせるために御前会議で下された天皇陛下の聖断とだぶります。沖縄(琉球)はいまなお本土との越えがたい壁を感じることもありますが、本作を読んで、心はやはり同じ日本人なのだと感じました。(静)