直木賞受賞の人気女性作家による江戸時代の「お仕事小説」をご紹介します。

 物語 江戸詰めの若き尾張藩士榊原小四郎、19歳。有能で算術に長け、藩財政を立て直せる地位に就くべく、怠け者ぞろいの上役達を尻目に職務に励んでいたが、なぜか「御松茸同心」を拝命。国元へ帰り、藩の名産品である松茸の不作の原因を探らねばならない。

 尾張では、まず不思議な行列に出くわす。領民たちはずらりと提灯を掲げて歓迎の意を表す様子だが、表立って姿を見せる民はいない。それは幕府から蟄居を命ぜられ、20年以上にわたって自由を奪われている「大殿」、前藩主徳川宗春公の屋敷替えだった。前藩主の時代、お上の倹約令とは正反対の自由で開放的でな政策のおかげでしばらくは好景気が続いたが、今はその反動で莫大な借財を背負う羽目になったと思っている小四郎は、「大殿」にいい感情を抱いていない。

 古い山守の権左衛門らに助けられながら、右も左も分からない「松茸」について懸命に頭と体に叩きこむ小四郎。自分で山に入り、足を使って自分の目と手で山に触れるうち、数式では図れない世界が目の前に開けていく。そして、「大殿」の残したものが思いがけず小四郎を劇的に導く…。

 時代物であることを感じさせないコミカルで軽妙なやりとり、笑いと感動の展開。キャラが立っており、描写も的確で生き生きしているので、人物が行動する様子が目に見えるよう。ドラマ化してもらいたくなります。頭でっかちな青二才が、周囲に助けられ、根本に立ち返って仕事の対象と直に取り組み、先人の知恵と偶然出会うことで大きな仕事を成し遂げていく。「お仕事小説」の王道ですが、自然な展開で読後感は爽やか。

 それ以上に、歴史の表舞台には出てこない徳川宗春の人物像を浮かび上がらせた手腕が素晴らしい。ぜひ、愛知県出身の作家清水義範著「尾張春風伝」と併せて読んでいただきたいです。(里)