「防災の日」の1日、印南町で行われた防災講演会を取材した。講演会では宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区在住で、東日本大震災で当時中学生の長男を亡くした丹野祐子さんが被災当時の経験や息子さんを亡くした後悔について、心境をありのままに語ってくれた。 

 丹野さんは震災から1年後、息子が生きた証を残したいと閖上中学校の遺族会を立ち上げ慰霊碑を建立した。現在は震災の出来事を後世に伝える施設「閖上の記憶」の代表を務め、全国各地で語り部活動を行っている。

 名取市は仙台市の南隣に位置し、漁業の町として知られる。1978年に宮城県沖で震度5の地震が発生したが津波は来なかったため、住民のほとんどが津波の恐ろしさを知らなかったという。だが、津波は容赦なく町を襲った。丹野さんの「経験していないことを経験するのは難しい」という言葉が印象的だった。

 息子さんが旅立って11年、欠かさず続けていることがあるという。それは毎週月曜に発行される「週刊少年ジャンプ」を買って部屋の本棚に入れること。漫画が大好きだった息子さんへの唯一の供養と語っていた。息子さんが生きていれば今年で24歳。あれから11年が経ち、閖上も活気があふれるように。息子さんは今の景色をどのように感じていただろうか。

 和歌山に住む私たちも、いつ南海トラフ地震がやってくるか分からない状況にある。丹野さんの講演を聞いて、後悔が残らぬよう自分のために、周りのために今できることを、笑われてもいい、恥をかいてもいいからやっておきたいと思わされた。一瞬一瞬を大切に生きようと思う。(鞘)