浅田次郎氏の近作。戦争の時代を描いた中編ですが、これまでの作とは少し趣が違います。ミステリーなのか、戦記ものであるのか、と思っていたら、ネットで見つけた著者のインタビューにはあっさり「戦場ミステリー」とありました。

 物語 柳条湖事件から日中戦争が起こった翌年の1938年、秋。探偵小説作家の小柳逸馬は従軍作家として北京に派遣されていた。
 ある朝、軍から突然「前線へ向かうように」との命を受けた小柳は、検閲班長の川津中尉とともに前線である万里の長城・張飛嶺へ。そこで彼らを待ち受けていたのは、「分隊10名が全員死亡、しかも戦死ではないらしい」という不可解な事件だった。現場では10人の兵隊の遺体が残されていたが、銃創など戦いの跡はない。

 その小隊は、1000人の大隊に見捨てられて取り残された、30人の「ろくでなし」。札付きの悪党ばかりの寄せ集めだった小隊に、一体何が起きたのか…。

 当代きっての流行作家である小柳逸馬は、実は酸いも甘いもかみ分けた苦労人であり、飄々とした言動の裏にある人間観察眼の鋭さが魅力。彼を探偵役として、ワトソン役である川津中尉は、メガネをかけた帝国大学出の生真面目な秀才。実は作家になりたかったという葛藤を抱えている。

 彼ら一人一人の人間を生き生きと描くことで、戦争という史実の現場を読者の目に見えるように再現。歴史が年表に記載された遠い日の出来事ではなく、すべて人間が起こしてきたことだと実感させてくれます。著者が描いているのは、その極限状況の中で人間と人間の間に起こりうる更なる悲劇。戦争をイメージで捉えることなく、まっすぐに当時の現状を見据える視点を示唆しています。

 「地政学ボーイズ」のような本で知識を身につけてから、各地を題材とした小説を読めば、知と情の両面から世界と時代に迫ることができるのではないでしょうか。(里)