オリンピック、パラリンピックの開会式入場行進を見て、ろくに外国へ行ったこともないのに昔から海外見聞録を読むのが大好きだったことを思い出し、その原点的なシリーズを読み返してみました。

 内容 文化庁からの1年にわたる海外芸術家派遣研修に参加した著者。泊まった部屋や列車の客室の間取り、国別の車掌のスタイルなど、なんでも詳細にスケッチ。駅や公園で、日本とは違うお国柄に遭遇する。

 ウィーンの市電はドアを開けたまま走り、飛び降りも飛び乗りも各自の自由。若い女性が飛び降り損ねてひっくり返ると、車掌は助け起こす代わりにどなりつけた。「うまく飛び降りられないんだったら電車が止まってから降りろ! おまえに飛び降りる資格なんかない!」

 ピサの斜塔に登り、途中の階でテラスに出てみた著者。つるつるした大理石のフロアで幅はわずか1㍍。著者は壁にぴったり背中と両手をつけて1周し、強烈なスリルを味わった。最上階以外には手すりがないのだ。塔の下の土産物屋にきくと「危ないと思う人はテラスへ出ないだろう。出る人はそれを承知でやっているはずだがね。この建物は建った時から手すりがなかったんだよ。昔と違うのは傾きがひどくなってきたことだけだ。そんなことより絵葉書を買ってくれ」。なんでもすぐ「危ない」と言ってしまう日本との違いを痛感する。

 細部にまでこだわった克明な絵には、著者の目が隅々まで行き届いていることが感じられ、写真とはまったく違う味わいがあります。手書きの詳細な注釈が笑いを誘います。幾つもの価値観を知り、幾つもの視点を持つことで、必要に応じて世界を複雑にもシンプルにも捉え直すことができます。世界と日本の違い、そして共通点を知る一冊。 (里)