9月のテーマはシンプルに「秋」。秋の始まりの自然現象を書いた短編をご紹介します。

 「二百十日・野分」(夏目漱石著、新潮文庫)

 熊本時代の生活から生まれた初期短編「二百十日」。豪傑の圭さんとのんきな碌さんという友人同士の2人が、二百十日の嵐の吹き荒れる中を阿蘇山に登ってひどい目に遭うという短い話。

 ほとんど2人の会話で、とぼけた味わいが面白いです。隠れた傑作。

  * * *

 雨をまいて颯(さっ)とおろす一陣の風が、碌さんの麦藁帽を遠慮なく吹きこめて、五六間先まで飛ばして行く。眼に余る青草は、風を受けて一度に向こうへなびいて、見るうちに色が変わると思うと、またなびき返してもとのさまに戻る。「痛快だ。風の飛んでいく足跡が草の上にみえる。あれを見給え」と圭さんが幾重となく起伏する青い草の海を指す。「痛快でもないぜ。帽子が飛んじまった」「帽子が飛んだ? いいじゃないか帽子が飛んだって。取ってくるさ。取ってきてやろうか」圭さんは、いきなり自分の帽子の上へ蝙蝠傘を重しに置いて、颯とすすきの中に飛び込んだ。(略)圭さんの身体は次第に青いものの中に深くはまって行く。しまいには首だけになった。(略)しばらくすると、まるで見当の違った半丁程先に、圭さんの首が忽然と現われた。「帽子はないぞう」「帽子はいらないよう。早く帰ってこうい」