「悪人」「怒り」等、多くの作品が映画化されている吉田修一。最新の映画化作品は藤原竜也、竹内涼真ら出演の「太陽は動かない」。新型コロナウイルスの影響で公開が延びていますが、原作をご紹介します。

 物語 表向きはアジアの観光情報を配信する小さな会社だが、その実体は産業スパイ集団である「AN通信」。ここに所属する31歳のエージェント(諜報員)鷹野一彦は部下の田岡と組み、「サッカーW杯日韓戦が行われる天津スタジアムで爆破計画がある」という情報を探っていた。背景には、南シナ海の油田を巡る大企業と中国政府の利権争いがある。政府に扇動され、爆破テロを起こそうとしているのはウイグル族の若く美しい女テロリスト、シャマル。民族の誇りのために爆破事件を起こそうとしており、計画を止めようとする鷹野の説得はことごとく空振り。あきらめて失敗を報告しようとする鷹野だが、利権にからんで地位が危うくなっている日本企業幹部の一人は、なりふり構わず鷹野を動かそうとする。田岡を拉致して徹底的に痛めつけ、天津スタジアムに隠したのだ。田岡の命を救うには、何がなんでも爆発を止めるしかない。それでなくとも彼等AN通信のエージェントは、一日一回の組織への定時連絡ができなければ「爆死」が待っているという、とんでもない過酷な状況下で戦っているのだ…。

 映画の原作は本書と、鷹野の少年時代を明かした「森は知っている」の2冊。これに続く「ウォーターゲーム」が昨年出版されており、「鷹野一彦シリーズ」が確立されています。「悪人」「国宝」等とは趣が違い、エンターテイメント系の「読ませる」ストーリー展開が前面に出ています。絶体絶命の危機に何度も陥っては脱出するという、スパイものならではの話の運び。アクションあり、キャラクターも魅力的。

 鷹野、田岡、そして2人の上司である風間、商売敵の韓国人デイビッド・キムというレギュラーメンバーを自由に動かしながら、社会の裏の姿、真に世界を動かすパワーバランスについて語っていこうとしている感じで、書いていて本当に楽しいんだろうなと感じます。

 その一方で、鷹野や田岡らAN通信のエージェントは皆「親に捨てられた子どもだった」という過去があり、要所要所でハッとさせられるような人情の機微に触れる描写がみられます。これはきっと、「スパイ小説シリーズ」という読者を惹きつけると同時に自分も楽しんで書ける作品のスタイルに託して、著者は時代と社会に対して言いたいことを自由に訴えているのではという気がしました。

 表に見えている以上の厚みを湛えた、目の離せないシリーズだと思います。映画も楽しみです。