かつお節と言えば子どものころ、しょうゆをかけてご飯に乗せるねこまんまが好きだった。いまでもお浸しやお好み焼きではよく利用している。かつお節からだしを取るような本格的な料理はあまりしないが、わが家でも身近なもの。そんなかつお節の発祥の地が印南町だと知ったのは二十数年前、日高新報に入ってからだった。

 印南町のホームページによると、いまに通じるかつお節が出回りだしたのは江戸時代中期で、製法を考案したのが印南漁民の角屋甚太郎。2代目甚太郎は、「燻乾かび付け法」を開発し、松の香りにも似たかつお節特有の風味を出すことに成功。「改良土佐節」と呼ばれ、甚太郎は「土佐節の祖」とたたえられた。さらに印南漁民の森弥兵衛と印南與市が広く製法を伝え、日本のだし文化のベースを築き上げたそうだ。

 しかし、現在、町内で産業としては受け継がれていない。以前から発祥の地という強力なブランド力が生かされていないのは、もったいないと思っていた。そんな中、商工会では今年度から発祥の地を生かした新たな産業興しに取り組む。確かに町内でかつお節の製造工場もなく、大きな水揚げがあるわけでもない中、難しい面もあるが、例えば他地域から仕入れたかつお節に特産の真妻わさびと地元しょうゆをコラボさせたねこまんまをつくれば、名物になるというアイデアもある。鶏が先か、卵が先か。製造工場がないからと言って手をこまねいているのではなく、何かアクションを起こすことが大切。その中でやがて地元に製造工場ができることにつながるかもしれない。かつての3漁民の開拓精神を見習い、まちの活性化につなげてほしい。(吉)