由良町吹井、糸谷の由良湾に面して建つ旧海軍海防艦の戦死者の供養塔は、地元の阪元昭良さん(84)が定期的に清掃を続けている。戦時中は海防艦の乗組員と仲よくなり、最後の戦闘が始まる直前まで艦内で遊んでもらった思い出もあり、清掃は「せめてもの恩返しを」との思いで20年以上のボランティア活動になるが、寄る年波には勝てず、最近は体が思うように動かない。季節外れの暑さが続くなか、活動を引き継いでくれる人を探しているという。

 昭和の戦争末期の1945年(昭和20)7月28日、由良湾で日本の第30号海防艦が敵機グラマンの編隊との交戦により轟沈、乗組員99人が戦死した。重山のふもと、現場の海に面した道路沿いには旧海軍紀伊防備隊鎮魂碑と並んで、海防艦戦死者供養塔が建てられている。

 戦前から良好な海運の港としてにぎわった糸谷では、身元不明の船乗りが海に落ちて亡くなる事故も少なくなかった。阪元さんは、60歳で仕事をセミリタイアして以降、亡くなった兵士、自分を育ててくれた地域への恩返しにと、時間を見つけて供養塔と鎮魂碑、供養塔の近くにある無縁仏の墓地も含め、これまで20年以上にわたりボランティアで掃除と供養のお勤めを続けてきた。

 以前は三日にあげず清掃していたが、最近は足腰が痛むこともあり、「だんだんと、暑い、寒いということがたいそ(大げさ)に感じるようになってきた」。できればこの先、誰かが引き継いでボランティアの清掃をしてもらえれば、という。

 阪元さんは週に1回程度のペースで、午前9時ごろから約3時間かけて供養塔と鎮魂碑の周辺、無縁墓周辺を清掃しているが、新たな有志が見つかればすべてその人のペースに任せる方針。「道具はこちらが用意しますし、私は相手の方の都合に合わせ、体力が続く限りお手伝いします。週に1回でも2週間に1回でもかまいません。体一つで来てもらって、掃除だけしてもらえれば」と話している。

 問い合わせは阪元さんの友人の中西忠さん℡0738―65―1280。

写真=阪元さんが清掃している海防艦戦死者供養塔周辺