1989年(平成元年)に発足し、ことし30周年を迎える和歌山城郭調査研究会の編集した「戦国和歌山の群雄と城館」(戎光祥出版、図説日本の城郭シリーズ12巻)を少しずつ読んでいる。和歌山県域にあった中世の城館全90カ所を1つずつ詳しく紹介した一冊だ◆日高町の歴史講座で、同会代表、白石博則氏の講演を聴く機会を得た。「日高地方は中世城郭の宝庫」だそうだ。本書に収められた当地方や中世の紀中を治めた湯河氏ゆかりの城館としては、湯河氏の本拠地亀山城をはじめ鞍賀多和城、天路山城、阿尾城、入山城、和佐玉置氏の城館手取城、田尻城など20カ所もある◆当地方と関係はないが、上富田町の国陣山城には、城山中腹の平坦地に「泣場(ないば)」という地名が残る。秀吉の紀州攻めで城が落ちた時、城内の武士や婦女子が泣いた場所とされるそうだ。戦禍はいろんなところに痕跡を残している◆調べることで細部が具体的に分かってくるのが歴史学習の面白さ。細部と細部のかかわりを見いだすことでダイナミックに全体像が浮かび上がってくるのが、さらに大きな醍醐味かもしれない◆30年前、「平成」という元号が発表された当時の反応は、決してよくはなかった。「疲れたサラリーマンが考えたような」と表現していた漫画もあった。しかしその名の時代で30年間を過ごし、自然災害や犯罪等、国内外の平和を乱す出来事に接してくると、「平」の一字の尊さが身に沁みて感じられる◆戦国時代の山城は、戦時に立てこもるためのものだった。日高地方に数多くあった、戦うための城郭。だがそれも、敵を平らげて自分の一族に平安をもたらすためのものとも言える。当時の国人たちも、自身の治める地を「平らかに成す」ために戦っていたのだろう。(里)


