全464回の長きにわたって本紙3面に連載した小説、原田マハ著「風神雷神」が最終回を迎えた。本日付で、連載を終えての作者の言葉も紹介されている◆日本美術に関心のない人にも有名な俵屋宗達「風神雷神図屏風」。美術の教科書で見た時から、どことなく瓢軽な風神に心ひかれた。そして天正遣欧少年使節の4人の少年達にも、歴史漫画を読んだ小学生の時から興味があった。「風神雷神」は少年時代の宗達が織田信長の命を受け、ヨーロッパの風物を写生するため遣欧使節に加わるという奇想天外な物語である◆紆余曲折の末、役目を果たして帰国の途につく少年達がまばゆい海を見つめ「この5人でならどこまでも行ける」と希望に燃えるラストは、その後の史実を思うと切ないものがある。少年使節の千々石ミゲルは禁教令ののち棄教。伊東マンショは領主に追放されて長崎のコレジオ(神学校)で教え、1612年に病死。40代半ばと推定される。原マルティノは禁教令を受け国外脱出。マカオで日本語の書物の印刷などを行い、1629年に死去した。中浦ジュリアンは1634年、穴づりの刑に処され殉教。役人に向かい毅然として「私はローマに赴いた中浦ジュリアン神父である」と名乗ったという◆著者はあえて彼らの先行きに触れず、最後の著者の言葉でも言及しなかった。「風神雷神」という、海を越えた若者達が理想への熱い思いを燃やしたこの物語にそれは必要ないということだろう。「実話に基づいた話」ばかりがもてはやされがちだが、想像が生む奔放なイメージは時として、現実世界ではなし得ない理想を具現化する◆およそ1年半にわたってこの物語に向き合い、あらためてフィクションの備える強靭な力を思い出させてもらった。(里)